茶屋町小学校から南極、そして



卒業して30年近くぶりに、母校(小学校)を訪問しました
懐かしい校庭、見慣れない校舎、変わったもの、変わらないもの
今回の講演をきっかけに、小学生の頃の自分を思い出したり、そこから今までの道のりを想ったりすることができました

南極越冬隊員だったというと、さぞかしよく出来た人間だとお思いかもしれません(笑)が、
小学生の頃のわたしは、教室でお漏らしはするし、学校に行くのを嫌がったり、注射が嫌いだったり、偏食だったりと、けっこう手のかかる子どもでした
 



それでも、
お漏らしして担任の先生に怒られた記憶はなく、保健室にはちゃんと替えのパンツが用意されていたのを思い出します
クラスメイトにも馬鹿にされた記憶がないのですが、担任の先生はなにか手を打っておられたのでしょうか?
学校に行かないと言い張ったときは、両親に力ずくで車に乗せられて、校長室に連れて行かれました
校長先生も怒ることなく、ただ校長室で1時間目くらいおしゃべりをしていたと思います
学校が嫌いだったわけではなく、共働きの両親との時間が少なかったことや、通学の距離が長かったことが関係あるような気がします
実家は学区の中でも隅っこの方にありました
通学は、子どもの足で寄り道しないで歩いて45分くらい
登校は集団でしたが、その集合場所まで約1kmありました
雪で休校のとき、連絡網での連絡が家を出る時間に間に合わず、集合場所で知ったということもありました
こんな状況でしたが、よかったことの方が多かったと思います
まず、脚が鍛えられたこと
そして、ひとりで歩いている間、想像の世界にたっぷり入ることが出来たこと
などです
わたしは想像の世界に遊ぶ子だったように思います
小学校の図書室に並んでいた、江戸川乱歩の「少年探偵団」シリーズや、「さまよえる湖」「コンチキ号漂流記」などの冒険シリーズは全部読んだと思います
そのなかには、ひょっとすると、「エンデュランス号漂流」もあったかもしれません
家に帰れば、「ニュートン」が創刊号からそろっていました
干拓地という何もない環境が、かえって想像力をかき立てたということもあるかもしれません
子どもは自由な自分の世界をもっています
それを思いっきり広げることが出来た子ども時代
それが、自分が正しいと思い、進みたいと思う道を歩んでこられた原点かもしれません
そして、先生や登下校を見守ってくれた大人たちや、図書室のひと、両親に感謝せずにはいられないのです
ありがとう
 
[PR]
by hee3hee3 | 2013-06-21 10:09


風まかせ


by hee3hee3

プロフィールを見る

S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30

管理人のページ

検索

カテゴリ

全体
南極
Mac
レシピ
ロケスト
未分類

タグ

(43)
(22)
(6)
(3)
(1)
(1)

その他のジャンル